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EARLの医学ノート

drmagician.exblog.jp

敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

■米国感染症学会(IDSA)のClostridioides difficile 感染症(CDI)診療ガイドライン改訂において,治療の第一選択がフィダキソマイシンとなり,メトロニダゾールが代替薬扱いになっていたことに驚いた方も多いかもしれない.もっとも米国と日本ではCDIにおける耐性具合も違うので一概にはおかしいとは言えないが,再発率が低いことが根拠になっている.

■このガイドライン推奨に疑問を呈するシステマティックレビューがClinical Microbiology and Infectionにpublishされた.このシステマティックレビューでは13報のRCTが組み入れられ,バンコマイシンと比較してフィダキソマイシンもメトロニダゾールもメタ解析の主要評価項目とした全死亡率に有意差はみられていない.ガイドライン指摘通り,初期治療失敗は確かにメトロニダゾールの方が高かったが,いずれの研究も,他のCDI合併症や日常生活における感染の負担について報告していない.ハードアウトカムや患者関連アウトカムではないアウトカムでのガイドライン推奨は信頼性にかかわると注意喚起されている.
死亡率と患者関連アウトカムにおけるClostridioides difficile 感染症の抗菌薬治療効果:システマティックレビューおよびメタ解析
Stabholz Y, Paul M, et al. The Effect of Antibiotic Therapy for Clostridioides difficile Infection on Mortality and Other Patient-Relevant Outcomes: a Systematic Review and Meta-analysis. Clin Microbiol Infect 2023 Sep 8[Online ahead of print]
PMID: 37690610 https://doi.org/10.1016/j.cmi.2023.09.002

Abstract

【背景】現在の診療ガイドラインでは,Clostridioides difficile 感染症(CDI)に対する推奨標準レジメンからメトロニダゾールを除外し,フィダキソマイシンの方が再発率が低いことを根拠に,バンコマイシンよりもフィダキソマイシンを支持している.

【目的】CDIに対するメトロニダゾール,グリコペプチド(バンコマイシンまたはテイコプラニン),フィダキソマイシンの死亡率およびその他の患者関連転帰に対する影響をまとめること.

【データ情報源】PubMed,Cochrane Library,ClinicalTrials.gov,会議録,Google Scholar(2023年8月まで).対象となる研究は無作為化比較試験(RCT).

【参加者】原発性または再発性のCDIに罹患している成人患者.

【介入】グリコペプチドvsフィダキソマイシンまたはメトロニダゾール(比較対象).

【バイアスのリスク評価】無作為化試験のRoB2ツールを用い,全死亡を評価項目とした.

【データ統合】ランダム効果メタアナリシスを二項対立アウトカムについて実施した.転帰はすべての無作為化患者について優先的に要約した.
【結果】13報の試験が組み入れられた.バンコマイシンとフィダキソマイシン(RR 0.86, 95%CI 0.64-1.14, 8報のRCT, 1951例の患者)またはメトロニダゾール(RR 0.78, 95%CI 0.46-1.32, 4件のRCT, 808例の患者)の間で全死亡率に有意差はなく(RR<1, 比較対象が有利),エビデンスの確実性はそれぞれ低および非常に低かった.フィダキソマイシンとバンコマイシンの間に初期治療失敗の有意差は認められなかったが,初期治療失敗はメトロニダゾールの方が高かった(RR 1.58, 95%CI 1.10-2.27, 5報のRCT, 843例).無作為化された全患者における再治療を必要とする症候性再発について報告した研究はなかった.初回治癒患者において,再治療を必要とする症候性再発は,フィダキソマイシンの方がバンコマイシンよりも少なかった(RR 0.54, 95%CI 0.42-0.71, 6報のRCT, 1617例).いずれの研究も,他のCDI合併症や日常生活における感染の負担について報告していない.

【結論】CDIの患者関連アウトカムをRCTの定義や結果とは無関係に設定することはCDI管理のガイダンスの信頼性を低下させる可能性がある.

# by DrMagicianEARL | 2023-09-12 11:33 | 抗菌薬
■HPVワクチンが若年女性の子宮頸がん発生を減少させるという報告は海外ではなされているが,日本ではまだ報告がほとんどない状況であった.今回紹介するのは,2023年9月8日にpublishされた,日本国内の3つのデータベースを用いて,HPVワクチン接種開始後に子宮頸癌発生数が減少したことを示した論文である.

■本研究では,①国立がん研究センターが集計した人口動態統計に基づく全国推計癌罹患データと全国癌登録データ,②日本産科婦人科学会の婦人科主要委員会による病院ベースの婦人科がん登録データ,③MINT研究における子宮頸がん検体のHPVタイピングデータ,の3つのデータを使用して,子宮頸癌の発生動向を年齢層別に解析している.個々のHPVワクチン接種有無を特定しての解析ではないが,初期のHPVワクチン接種世代(接種当時10代~20代前半)が20~29歳に達した現在でワクチンの効果が検討できるものとしての解析である.がん登録データではHPVワクチン導入前後の子宮頸癌罹患率の推移を,MINT研究データではHPVタイプの推移を解析することでワクチンの影響を多角的に評価している.

■がん登録データを分析した結果,HPVワクチン接種世代である20~29歳の女性の子宮頸癌発生率がHPVワクチン導入後に有意に低下しており,この低下は子宮頸癌健診など他の要因とは無関係であった.一方で20-29歳以外の年齢層では類似の低下は見られず,ワクチンのターゲットは接種当時10代から20代前半の女性(現在20代)であり,この結果はワクチンの効果を反映している.産婦人科学会のデータでも20-29歳の新規癌症例数が減少しており,異なるデータソースで同様の結果が得られた.

■MINT研究では,20-29歳の子宮頸がん検体から検出されるHPV16/18(初期のワクチンのターゲットとなったタイプ)の陽性率が低下傾向にある.これはワクチンによるHPV16/18への感染予防効果を反映した結果と考えられる.このように接種情報がリンクしていないものの,がん登録データとHPVタイプ別解析は互いに補強し合う結果となっている.日本では初期に接種した当時の10代から20代前半のHPVワクチン接種率は50-70%と高く,その世代が20-29歳に達した現在,ワクチンの効果が現れ始めていると考えられる.
日本におけるヒトパピローマウイルスワクチンの浸潤性子宮頸癌への影響: がん統計およびMINT研究による予備的結果
Onuki M, Takahashi F, Iwata T, et al; MINT Study Group. Human papillomavirus vaccine impact on invasive cervical cancer in Japan: Preliminary results from cancer statistics and the MINT study. Cancer Sci. 2023 Sep 8[Online ahead of print]
PMID: 37688310
https://doi.org/10.1111/cas.15943

Abstract

【背景】ヒトパピローマウイルス(HPV)16およびHPV18に対する最初の予防ワクチンが2009年に日本で認可された.高悪性度子宮頸部病変に対するHPVワクチンの有効性は,日本人若年女性において証明されているが,浸潤性子宮頸癌(ICC)に対する効果についてのエビデンスは不足している.

【方法】2つの異なるがん登録のデータを用いて,ポアソン回帰分析を用いて年齢層別の新規ICC症例の最近の傾向を比較した.また,過去10年間に新たにICCと診断された40歳未満の日本人女性1414人を対象に,HPV16/18有病率の時間的推移を分析した.

【結果】人口ベースのがん登録に基づくと,20~29歳の若年女性におけるICCの罹患率は,2016~2019年の間に10万女性年当たり3.6人から2.8人へと有意な減少を示したが,それ以上の(ワクチンターゲットでなかった世代の)年齢層では同様の減少は認められなかった(p<0.01).同様に,日本産科婦人科学会の婦人科がん登録のデータを用いたところ,20~29歳女性のICCの年間発生数も2011~2020年の間に256例から135例に減少した(p<0.0001).さらに,ICCにおけるHPV16/18有病率の減少傾向は,2017~2022年の間に20~29歳の女性でのみ観察された(90.5%~64.7%、p=0.05;コクラン・アーミテージ傾向検定).

【結論】これは,日本におけるHPVワクチン接種のICCに対する集団レベルの効果を示唆する初めての報告である.ICCを発症した若年女性におけるHPV16/18有病率の低下傾向は,ワクチン接種とがんの結果との因果関係を支持するものであるが,HPVワクチン接種とがんの結果との因果関係を支持するものではない.

# by DrMagicianEARL | 2023-09-11 10:57 | 感染症
※2023/8/24:作成
※2023/9/8:更新

■2023年8月24日午後1時から福島第一原発の処理水の海洋放出が開始となった.東日本大震災直後に原発関連のデマがネットや報道にまであふれていたが,それの再来ともいえる状況になっている.もっとも,SNSで声高に反対を訴えているアカウントの主張は非科学的である以前にそもそも政府の公開資料等を全く見ていないものばかりである.定量評価もしないどころかデータも見ずに感情論のみで風評をまき散らすなど言語道断である.

■以下に,今回の処理水放出に関連する資料を以下にまとめた.この通り,処理水は安全性がきっちりと確認されたものであり,福島第一原発廃炉にむけた重要な施策である.この資料は新しい情報が入り次第随時更新していく.

1.ALPS処理水の海洋放出開始以降の情報

■(1)2023年8月24日処理水放出当日にトリチウム濃度の最終的な測定を実施し,放出基準の1リットル当たり1500Bqを大きく下回る最大63bqベクレル.沖合約1キロ先まで海底トンネルを通って放出.今後1日あたりおよそ460tずつ,17日間程をかけて7,800tのALPS処理水を海洋放出する予定.モニタリングを行い,異常値が出た場合は放出を中止する予定.
https://www.sankei.com/article/20230824-WPQSFEVKO5OAHAWRKGE7M7FARU/
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/oceanrelease/#process

■(2)国際原子力機関IAEA の独立したオンサイト分析により、福島第一原発から排出される希釈水(ALPS処理水)のトリチウム濃度は、1リットルあたり1,500ベクレルの運用限界をはるかに下回っていることを確認
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-on-discharge-of-fukushima-daiichi-alps-treated-water-0

■(3)東京電力ホールディングス処理水ポータルサイト(ALPS処理水等の状況,測定・確認用設備の状況,希釈・放水設備等の状況,海域モニタリングの結果)
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

■(4)IAEAが処理水の排出に関する日本からのライブデータを提供するウェブページを立ち上げ.提供されるデータには,水流量,放射線モニタリングデータ,希釈後のトリチウムの濃度が含まれる.
https://www.iaea.org/topics/response/fukushima-daiichi-nuclear-accident/fukushima-daiichi-alps-treated-water-discharge/tepco-data
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_09592389.png


■(5)福島第一原発港湾口放射線モニター(10分ごと更新).セシウム以外の各種については速報値のため全βでモニタリング
http://www.tepco.co.jp/decommission/data/monitoring/seawater/index-j.html

■(6)環境省によるALPS処理水海域モニタリング速報値.トリチウム以外の核種については速報値のためγ線モニタリング
https://www.env.go.jp/content/000155509.pdf

【9/8追加】(7)水産庁による福島第一原発沖合の水産物トリチウムモニタリング
https://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html2.ALPS処理水についての情報

■(1)海洋放出されるのは,汚染水ではなく安全性の確認されたALPS処理水である.ALPS処理水はトリチウム以外の放射性物質も環境放出の際の規制基準を満たすまで繰り返し処理している.トリチウムは自然界でも生成されており,発する放射線は紙1枚で防げる程度である.また,生物濃縮も確認されていない(有機トリチウムについては本ブログ記事2-(13)参照).
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/r3kisoshiryo/r3kiso-06-03-05.html
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/alpsqa.html
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_15283856.png

■(2)WHOのトリチウムの飲料水基準は2L/日を一年間飲み続けて0.1mSv/年の線量となるように計算されている
https://shorisui-monitoring.env.go.jp/pdf/tritium-who.pdf
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_15332201.png

■(3)ALPS処理水を海洋放出する際はそのさらに1/7未満になるよう海水を加えて調整する
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/no1/
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_15333899.png

■(4)2mSv/年の放射線被曝で遺伝子が受ける損傷の頻度は日常の紫外線等による損傷の頻度の100万分の1以下.トリチウムから出る放射線は弱く,また体内に取り込んだとしても体外へ排出されるため,体内に蓄積されない
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/osensuitaisaku03.html

■(5)スクリーニングされた69核種の内訳は以下のとおり
・トリチウム
・半減期から事故後約12 年経っても存在しうる核種のうち、水への溶け方等も考慮して選定され、告示濃度比総和1未満の対象であるもの:29核種
※ この測定対象核種の選定については、原子力規制委員会から認可を得るとともに、 IAEA から国際安全基準に適合したものとの評価を得ている.これら以外の核種については,放射線の減少期間の短いことから測定する必要がない.
・汚染水中にも有意に存在する可能性は無いが自主的に測定し,検出限界未満であることを確認するもの:39核種
なお,最初に放出予定のタンクの水の放射線影響は0.28であり規制基準値の1を大幅に下回っており,これが放出時にはさらに大幅に希釈される
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/574280.pdf
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_15420913.png

■(6)トリチウム以外の放射性物質も基準以下になるまで浄化処理が行われており,2020年の試験でトリチウムを除く核種の告示濃度比総和が1未満に低減できることが確認されている(除去対象核種(62種)+炭素14の告示濃度比総和:処理前2,406→処理後0.35)
https://fukushima-updates.reconstruction.go.jp/faq/fk_270.html
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_15472825.png

■(7)ALPS処理水中にCs(セシウム)-137やSr(ストロンチウム)-90が含まれているが,これについても考慮されている.原子力発電所からの排水を人が毎日経口摂取したと仮定した場合の内部被ばく線量(mSv)を告示濃度限度比で評価し,複数の核種が存在する場合はその和で評価する.告示濃度限度は,人が通常1日に飲む量の水を1年間飲み続けた場合に1mSvとなる当該核種の放射性物質の濃度である.
なお,核種ごとの排水の運用目標として,Cs-134,Cs-137は周辺河川の汚染状況も参考とし,1Bq/L未満,Sr-90は分析に時間を要するため,基準を全βで5Bq/L未満とし,10日に1回の頻度で1Bq/L未満としている.例えばCs-137,Sr-90のそれぞれの測定濃度は0.47Bq/L,0.41Bq/Lであり,ここから100倍以上の希釈を受ける.食品基準が100Bq/kgであることから,生態系での濃縮は無視できるレベルになる.また,「半減期の関係で汚染水中にも有意に存在する可能性は無いが自主的に測定し,検出限界未満であることを確認するもの」として39核種も計測しているがすべて検出限界値未満であった.
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/002_05_00.pdf?ssp=1&setlang=ja-JP&safesearch=off
https://www.tepco.co.jp/decommission/data/analysis/pdf_csv/2023/2q/measurement_confirmation_230622-j.pdf

■(8)ALPS処理水の放出に関するIAEA事務局長の声明では,処理水放出に対するアプローチと活動は関連する国際安全基準と一致しており,人々と環境への放射線影響は無視できる程度であると結論付けている.
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-on-discharge-of-fukushima-daiichi-alps-treated-water

■(9)福島第一原発のタンク内に保管されている水のうち,7割を占める「処理途上水」についても,ALPSで二次処理を行うことで安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化してから海洋放出される.
※処理途上水:浄化処理した水のうち、安全に関する規制基準を満たしていない水(トリチウムを除く告示濃度比総和1以上のもの)
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/alps01/

■(10)福島第一原発の汚染水は雨水や地下水が混ざると増え続ける.このため,汚染源の手前で地下水を抜き,地下を全長1.5kmの壁で囲い込み,雨水が入らないよう表面を覆う対策を施すことで,かつて1日550トンペースで増加していた汚染水は1日90トンペースまで減少した.
https://www.yomiuri.co.jp/science/20230704-OYT1T50189/

■(11)中国・ロシアが主張する水蒸気放出に関しては,ALPS処理水に含まれるいくつかの核種が固まって残るため放射性廃棄物が生じる.また水蒸気放出ではモニタリングが難しくなること,費用が高いこと,処分完了までの期間が長くなることから見送られた.
http://www.tepco.co.jp/decommission/data/monitoring/seawater/index-j.html
https://www.sankei.com/article/20230820-O554B5N5INPK3FHYVFKVOJBBM4/
https://www.sankei.com/article/20230824-5EIR4UP6GBME7M24NXMXOXSCCU/

■(12)海洋生物において濃縮が起きないことは飼育試験により科学的に立証済み
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/breedingtest/

【9/8更新】(13)カナダの核廃棄物管理エリアからの長期にわたる流出があったパーチ湖の観測において,生物への有機トリチウム濃縮は起きていない.非有機トリチウムは化学反応性が低く,生体内で有機トリチウムに変換されにくく,湖水中の非有機トリチウム濃度が高くても生体内有機トリチウム濃度はむしろ低下していたことが確認されている.有機トリチウムの蓄積に関しては世界中で使用されている放射線医薬品(トリチウムが放射性同位体でラベルとして使用される)に伴うもので環境中で分解されにくい高分子化合物でもあり,蓄積が生じる可能性があるとされているが,これはALPS処理水にあてはまるものではない.
福島県沖で捕獲された魚介からも有機結合型トリチウムは検出されておらず,食物連鎖による生物濃縮の根拠はない.https://www-ns.iaea.org/downloads/rw/projects/emras/2nd-combined-meeting/scenario-twg-perch-lake-final.pdf
http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/08/FUKUSHIMA-tritiated-water-releases-final.pdf
https://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/smp/2018/images2/fish03_180618-j.pdf
https://link.springer.com/article/10.1007/s10872-023-00697-2

■(14)トリチウムを取り除く技術自体は既に複数開発されているが,実用化ベースにはまだ至っていない(実際に東京電力ホールディングスでは,実用化レベルのトリチウム除去技術を現在進行形で募集中である).
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/tritium/?ssp=1&setlang=ja-JP&safesearch=off

■(15)福島第一原発敷地内にはALPS処理水を貯蔵している巨大なタンクが増え続けており,タンクの数は既に1000を超えている.老朽化の問題やスペースの問題もある他,これから本格化する廃炉作業に伴い,敷地内スペースがさらに必要となるため,長期的な貯蔵は困難である.
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/no3/

3.処理水放出前の海産生物について

【9/8追加】(1)2023年2月に福島県沖で水揚げされたスズキが検査基準を上回った報道を今になって処理水放出反対派があたかも処理水放出後に発生したかのようなデマを流しているが,当然ながら放出の半年前であり処理水とは無関係である.もっともこのスズキは自主検査の50Bq/kgを上回った85.5Bq/kgであり,国の基準の100Bq/kgを下回っているため問題ない.なお,欧米の基準値はこの数倍~10倍の高さであり,いかに日本の安全基準が厳しいかが分かる.
https://www.huffingtonpost.jp/entry/factcheck-fukushimasuzuki_jp_64f7b3dae4b039d8665217d2

【9/8追加】(2)2023年5月に捕獲されたクロソイから18000Bq/kgの放射性セシウムが検出された.このクロソイは沖合ではなく,東京電力福島第1原発の港湾内(1~4号機に近い波除堤の内側エリア)で捕獲された.
廃炉作業中の第1原発に雨が降ると,雨水が放射性物質に汚染された地表やがれきをつたって「K排水路」に集められ,このエリアに放出される.東電は,放出される雨水について,国の基準値(セシウム134は60Bq/L,セシウム137は90Bq/L)を下回っていることを確認しているが,他の排水路に比べると放射性物質濃度の高い水が内側エリアに放出されている.そのため,このエリアの海底の土も高いところでは,2023年1月末時点でセシウム137は13万Bq/kg超,セシウム134は3400Bq/kg超となっている.基準値超のクロソイが捕獲された理由について,K排水路からの排水やこのエリアの海底の土が要因の一つとされる.実際,4月にも同じ場所で捕獲したアイナメから1200Bqのセシウムが検出されている.
なお,このエリアについては,金網が設置されており,このエリアの魚が外洋に逃げないよう隔離されている.また,このクロソイの研究では魚の頭部にある「耳石」と呼ばれる器官に含まれる元素が代謝されずに残ることに注目しており,食品として耳石を口にすることはない.
https://mainichi.jp/articles/20230628/k00/00m/040/162000c
https://mainichi.jp/articles/20220429/k00/00m/040/060000c
https://nordot.app/1038408973057541014

【9/8追加】福島大学の研究で,東日本北太平洋沿岸海域において,海水中のトリチウム濃度は福島第一原発事故の影響は見られなかった.また,海産生物に福島第一原発事故後の有機トリチウムの蓄積はみられなかった
https://link.springer.com/article/10.1007/s10872-023-00697-2

4.その他

■(1)全漁連会長の浜本氏も科学的・技術的な安全性については理解が得られている.
https://www.zengyoren.or.jp/news/press_20230714/

■(2)各社の世論調査では放出賛成が多数派となっている.
日経:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA284690Y3A720C2000000/
テレビ朝日:https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000312350.html
産経:https://www.sankei.com/article/20230717-ZK64NHATWVO35KG32CITTBOHQE/
dサーベイ:https://mainichi.jp/articles/20230904/k00/00m/040/140000c
■(3)以前に,フリーライターが当時の内閣府の園田康博政務官に会見で「第一原発に立ち入れないので東電の情報を信じるしかない。飲んでも大丈夫なら実際にコップに出してみなさんに飲んでもらうのは無理か」「菅さん(菅直人元首相)もカイワレダイコンを食べた前例がある.東電が飲んでも大丈夫といっているのだから,一杯どうですか.飲んでみませんか」というフリーライターの発言に応える形で,福島第一原発にたまっている低濃度の放射能汚染水を浄化処理した水を飲んだ.その後も園田康博氏はご健在である.
https://www.asahi.com/special/10005/TKY201110310428.html
https://mainichi.jp/articles/20230902/k00/00m/030/194000c

■(4)世界各国の原発からのトリチウム排出量は福島第一原発からの処理水放出によるものに比してはるかに多い.
https://www.sankei.com/life/news/210509/lif2105090039-n1.html
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_16115289.png

■(5)X(旧Twitter)のクラスタリング解析では,各クラスタのアカウント数は処理水放出反対クラスタが42,021,処理水に問題がなく放出すべきであるというクラスタが30,842,処理水の放出に反対するアカウントを批判するクラスタが48,854あり,放出賛成派の方が多い.放出反対派では立憲民主党,共産党,れいわ新選組を支持するアカウントがほとんどであった.処理水放出反対派が拡散した投稿うち,風評被害に関する言及は4.6%しかなく,X(旧Twitter)上での反対派は,風評被害を気にしているからではなく,イデオロギーベースであることが推察された.https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b06a69badc65ea0451abdaa6e184b8b1ffef7bc8
【資料まとめ】福島第一原発のALPS処理水放出の安全性について(9/8情報追加)_e0255123_10110453.png

# by DrMagicianEARL | 2023-09-08 11:20 | 文献
■酸化還元感受性転写因子BTB and CNC homology 1(BACH1)は,BTBドメインとbZIPドメインをもつ転写抑制因子であり,酸化ストレスによって分解され活性が抑制されている.主な標的遺伝子はヘムオキシゲナーゼ1(HMOX1)で,BACH1はその発現を抑制する.Nuclear factor erythroid 2-Related Factor 2(NRF2:癌細胞ではNRF2シグナルが亢進し,抗酸化能が上昇することが知られている)と拮抗的に働き,酸化ストレス下ではNRF2がBACH1に置き換わって遺伝子発現を活性化する.癌細胞では酸化ストレスが低いため,BACH1が安定化し転写活性が亢進する.既知の研究では,BACH1は肺癌の転移を促進することが示されている.

■本研究では,ビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質を投与すると,このBACH1が安定化し,肺癌細胞,腫瘍オルガノイド,移植腫瘍で血管新生関連遺伝子の発現がBACH1依存的に上昇した.BACH1の発現を上げると血管新生関連遺伝子の発現が上がり,BACH1をノックアウトするとその発現が下がったことから,BACH1は血管新生遺伝子のプロモーター領域でクロマチン修飾を直接制御していることが示された.BACH1は低酸素でも抗酸化剤でも低酸素誘導因子HIF1α依存的に発現上昇したが,HIF1α不在下でもBACH1は血管新生遺伝子を誘導できることも判明した.ヒト肺癌サンプルではBACH1発現量と血管新生遺伝子発現に相関がみられ,マウス移植腫瘍モデルで,抗酸化剤はBACH1依存的に腫瘍血管新生を増加させ,BACH1高発現は抗血管新生薬の感受性を高めた.

■では,一部の医療機関で行われている,癌患者に対する高濃度ビタミンCはどうであろうか?ビタミンCについては一般市民にもよく知られている「抗酸化作用」があるが,実は条件次第では真逆の向酸化作用に切り替わることはあまり知られていない.癌細胞においては,活性酸素種ROSの産生が増加していることに加え,鉄イオンなどの遷移金属イオンの利用可能性も高まっている.この環境下で,高濃度のビタミンCを投与すると向酸化作用が発揮される.ビタミンCは遷移金属イオンを還元し,その結果としてヒドロキシルラジカルなどのROSを生成する.このROSの急激な増加が,がん細胞の抗酸化防御機構を圧倒し,酸化ストレスを誘導する.酸化ストレスはDNAやタンパク質,細胞膜の酸化的損傷を引き起こし,癌細胞のアポトーシスを誘導する(正常細胞では遷移金属イオンが制御されており,過剰なROS生成が起きにくいため,アポトーシスは誘導されない).しかしながら,本研究のビタミンCによるBACH1を増加させる結果は,これらの利点を相殺してしまう可能性がある.また,ビタミンCはプロリン水酸化酵素を阻害することで低酸素誘導因子HIFの分解を抑制することで癌細胞増殖を抑制するとされているが,本研究結果ではHIFとは無関係にBACH1は血管新生を誘導してしまう.

■高濃度ビタミンC点滴療法はこの相殺の結果どちらに転ぶかは分からないものであり,場合によっては悪化するリスクすらある.ではRCTではどうであろうか.よく高濃度ビタミンC点滴をうたっているクリニックに掲載されている科学的根拠はどれも質が低いかN数が極めて少ない研究しか扱っていない.ハードアウトカムを検討したN数が多く質の高い研究はほとんどなく,VITALITY試験くらいである.このVITALISTY試験切除不能で未治療の転移を伴う大腸癌に対するFOLFOX+ベバシズマブに高濃度ビタミンCを上乗せするか否かを見た442例非盲検RCT(第Ⅲ相治験)であり,無増悪生存期間 (PFS)に有意差はみられなかった[PMID:35929990]
抗酸化物質がBACH1依存性の腫瘍血管新生を刺激する
Wang T, Dong Y, Huang Z, et al. Antioxidants stimulate BACH1-dependent tumor angiogenesis. J Clin Invest 2023 Aug.31
PMID: 37651203
https://doi.org/10.1172/jci169671

Abstract

【背景】肺癌の進行は血管新生に依存しており,血管新生は通常低酸素誘導性転写因子(HIF)によって調整される低酸素に対する応答である.しかし,HIF以外の転写プログラムが腫瘍血管新生を制御していることを示すエビデンスが増加してきている.

【目的】我々は,酸化還元感受性転写因子BTB and CNC homology 1(BACH1)が,広範な血管新生遺伝子の転写を制御していることをここに示す.

【結果】BACH1は活性酸素レベルを低下させることにより安定化される.その結果,肺癌細胞,腫瘍オルガノイド,および異種移植腫瘍における血管新生遺伝子発現は,正常酸素条件下でビタミンCとビタミンE,およびN-アセチルシステインの投与により,BACH1依存的に大幅に増加した.さらに,内因性のBACH1過剰発現細胞では血管新生遺伝子の発現が増加し,BACH1ノックアウト細胞では抗酸化剤の非存在下で発現が減少した.BACH1レベルはまた,HIF1aノックアウト細胞および野生型細胞の両方において,低酸素症およびプロリルヒドロキシラーゼ阻害剤投与後に上昇した.BACH1はHIF1αの転写標的であるが,血管新生遺伝子発現を刺激するBACH1の能力はHIF1aとは無関係であることがわかった.抗酸化剤はBACH1依存的にin vivo で腫瘍血管を増加させ,BACH1を過剰発現させると腫瘍は抗血管新生療法に感受性を示した.肺癌患者の腫瘍切片におけるBACH1の発現は,血管新生遺伝子およびタンパク質の発現と相関していた.

【結論】我々は,BACH1が酸素および酸化還元に敏感な血管新生因子であると結論づけた.

# by DrMagicianEARL | 2023-09-05 14:58 | 文献
■高齢ドライバーの交通事故対策は急務の課題である.加齢により,安全運転に関連する視覚,聴覚,振動検知,注意力,処理・反応速度に関する知覚・認知機能が低下することが知られている[PMID:239890445].最近の研究では,加齢に伴い自動車衝突事故の重大性が増加することが報告されている[PMID:32563407,PMID:36554977]

■運転能力は認知機能,特に実行機能,注意力,処理速度に影響されることが知られている.日本を含むいくつかの国では,高齢ドライバーの運転免許更新時に認知機能障害を評価する検査が義務付けられている.主観的記憶障害(SMC)と歩行緩慢によって特定される運動認知リスク症候群(MCR)[PMID:22987797]は,処理速度と実行機能の低下,および認知症や障害の発症リスクの増加と関連している.もしMCRと自動車衝突事故リスクとの間に関連性があるのであれば,MCR評価を行うことで,早期にリスク上昇に気づくことができるかもしれない.

■今回紹介する論文は,JAMA Network Openにpublishされた,MCR評価と自動車衝突事故との関連を検討した日本の研究である.結果は,SMCとMCRは,客観的認知障害とは無関係に,自動車衝突事故リスクの1.48~1.73倍と,ヒヤリハット事故が2倍以上の増加と関連していたというものであった.MCRは様々な側面からの評価であるため,MCRと自動車衝突事故との関連性のメカニズムは,認知機能以外の要因によって説明される可能性がある.すなわち,従来の認知機能検査では拾いきれない層でも自動車衝突事故を起こすリスクが高い集団がいるということになる.
日本における高齢ドライバーの運動認知リスク症候群と交通事故
Kurita S, Doi T, Harada K, et al. Motoric Cognitive Risk Syndrome and Traffic Incidents in Older Drivers in Japan. JAMA Netw Open 2023; 6: e2330475
PMID: 37624598
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2023.30475

Abstract

【背景】高齢ドライバーによる自動車衝突事故を防ぐには,衝突リスクの増大を早期に考慮すべきである.認知機能の低下は自動車衝突のリスクを高める.運動認知リスク症候群(MCR:Motoric Cognitive Risk Syndrome)は,認知機能への懸念と遅い歩行の存在を特徴とし,簡便に評価することができ,認知症のリスクを評価するのに有用である.

【目的】日本における高齢ドライバーのMCR評価所見と自動車衝突事故との関連を検討すること

【方法】本研究は,2015年から2018年にかけて日本で実施された地域ベースのコホート研究「国立長寿医療研究センター-老年症候群研究」のデータを用いた横断研究である.参加者は65歳以上の地域在住高齢者であった.データは2023年2月~3月に解析された.MCRは,主観的記憶障害(SMC)と遅い歩行を有すると定義された.参加者は4群に分類された:SMCも歩行遅延もなし,SMCのみ,歩行が遅いのみ,MCR.対象は,過去2年間の自動車衝突事故および過去1年間の交通事故ヒヤリハットの経験について,対面面接により質問された.衝突事故またはヒヤリハットした交通事故の経験のオッズをロジスティック回帰を用いて評価した.

【結果】計12,475人の参加者の平均(SD)年齢は72.6(5.2)歳で,7093人(56.9%)が男性であった.SMCのみ群とMCR群では,自動車衝突事故とヒヤリハット事故の両方の割合が他の群よりも高かった(調整標準化残差>1.96; P<0.001).ロジスティック回帰分析によると,SMCのみ群とMCR群では自動車衝突事故のオッズが増加していた(SMCのみ群:OR 1.48; 95%CI 1.27-1.72/MCR群:OR 1.73; 95%CI 1.39-2.16),ヒヤリハットの交通事故(SMCのみ群: OR 2.07; 95%CI 1.91-2.25/MCR群:交絡因子の調整後:OR 2.13; 95%CI 1.85-2.45).MCR評価を客観的認知機能障害で層別化した後も有意な関連が観察された.歩行が遅いのみ群においては,客観的認知機能障害は自動車衝突事故のオッズ増加と関連していた(OR 1.96; 95%CI 1.17-3.28).

【結論】日本の地域在住高齢ドライバーを対象としたこの横断研究では,SMCとMCRは,客観的認知障害とは無関係に,自動車衝突事故やヒヤリハット事故と関連していた.今後の研究では,これらの関連性のメカニズムをより詳細に検討すべきである.

# by DrMagicianEARL | 2023-08-30 13:38 | 文献

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