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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

■東北大学の出澤真理教授が発見した幹細胞であるMuse細胞を用いて,亜急性期の脳梗塞患者への治療を検討した第Ⅱ相治験RCTがpublishされたので紹介する.本研究はMuse細胞ベースの同種製品CL2020を脳梗塞発症後2~4週目に単回静脈内投与したところ,プラセボと比較して有意に高い奏効率を示した(40.0% vs 10.0%).
【RCT】脳梗塞亜急性期のMuse細胞投与は神経学的予後を改善する_e0255123_11274452.png
■ただし,小規模RCTであるがゆえのベースラインの偏りもあり(ベースラインのNIHSSスコアは,CL2020群が9.8±3.5,プラセボ群が14.1±6.2点で,有意差はないがプラセボ群の方が高い),また,リハビリ効果と非麻痺側からの補償もあり,あらゆる評価項目が一律に改善したわけではない.サンプルサイズの問題もあることから,今後計画されている第Ⅲ相治験に期待したい.Abstractの下にはMuse細胞についての短い解説もつけた.
亜急性虚血性脳卒中を対象とした同種Muse細胞由来製品CL2020の無作為化プラセボ対照比較試験
Randomized placebo-controlled trial of CL2020, an allogenic muse cell-based product, in subacute ischemic stroke. J Cereb Blood Flow Metab 2023 Sep.27[Online ahead of print]
PMID: 37756573
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37756573/

Abstract

【背景】急性期以降の脳卒中に対する有効な治療法はいまだに見つかっていない.Muse細胞は,内因性の多能性幹細胞であり,静脈注射後,損傷した組織に選択的にホーミングし,分化によって損傷/消失した細胞を置換することができる,免疫に特化した幹細胞である.

【目的】この無作為二重盲検プラセボ対照試験は,修正ランキンスケール(mRS)3以上の脳梗塞患者を登録した.無作為に割り付けられた患者は,脳卒中発症後14~28日目に,免疫抑制剤を使用せずにMuse細胞ベースの同種製品CL2020(n=25)またはプラセボ(n=10)を単回静脈内注射された.安全性(主要評価項目:12週目)と有効性(mRS,その他の脳卒中特異的指標)は52週目まで評価された.有効性の主要評価項目は奏効率(12週目にmRS≦2となった患者の割合)であった.

【結果】12週目までの有害事象発生率は,プラセボ群ではそれぞれ100%,10%であったのに対し,CL2020群では96%,28%に副作用(グレード4のてんかん重積状態1例を含む)が認められた.奏効率はCL2020群で40.0%(95%CI 21.1-61.3),プラセボ群で10.0%(0.3-44.5)であり,CL2020群のCIが低いほど,あらかじめ設定された有効性の閾値(レジストリデータから8.7%)を超えていた.

【結論】このプラセボ対照無作為化試験により,CL2020は亜急性虚血性脳卒中に対する有効な治療薬である可能性が示された: JAPIC臨床試験情報サイト(JapicCTI-184103, URL: https://www.clinicaltrials.jp/cti-user/trial/ShowDirect.jsp?japicId=JapicCTI-184103/a>)
1.Muse細胞の発見

■Muse細胞の発見はミスと偶然の産物であった.発見者の東北大学の出澤真理教授は,2010年に骨髄間葉系幹細胞から骨格筋誘導の実験を行っていた時に,他のスタッフから「早く呑み会に来い」と言われ,実験が杜撰になってしまった.そして翌日に実験室に行くと,分化培地の骨格筋細胞がほぼいなくなっていた.実は呑み会に急ぐあまり,分化培地と間違えて消化酵素トリプシンを入れていたため,ほとんどの細胞は死滅していた.しかし,わずかながら浮遊していた生き残りの細胞があった.この浮遊していた細胞は消化酵素に耐えていた細胞であり,これがMuse細胞の発見であった[1]

2.Muse細胞とは?

■Muse細胞のMuseはMultilineage-differentiating stress enduringの略であり,骨髄,皮膚,脂肪といった間葉系組織だけではなく,種々の臓器の結合組織中や末梢血にも存在する自然の多能性幹細胞であり[1],以下のような特徴を持つ.
1.生体内にもとからある細胞のため,iPS細胞のような腫瘍性の心配がない.
2.ストレス耐性,DNA損傷の修復が迅速.他の幹細胞よりも修復能が強い.
3.傷害組織からS1Pシグナルを検知し,傷害部位に自動的に遊走・生着し,組織修復できる.このため静脈内投与が可能である.
4.他の幹細胞のような遺伝子導入を必要とせず,生着後「場の理論」に従った分化をする.
5.血管に分化して組織修復を強化する.
6.胎児が母体から免疫攻撃を回避する機構の一部を有するため,HLAマッチング等なしにドナーからの他家移植が可能
■Muse細胞は結合組織中や接着培養などの接着性環境では間葉系幹細胞として振る舞うが,血中や浮遊培養などの懸濁状態とすると多能性を発現するという二重性を有する.細胞懸濁液においてMuse細胞は増殖を開始し,懸濁状態でES細胞が形成する胚様体に酷似した集塊を単独の細胞から形成できる.Muse細胞は胚葉を超えて分化することができるため,神経細胞にも分化可能である[2].脊髄損傷モデルマウスへのMuse細胞の静脈内投与で,Muse細胞が脊髄損傷部位に集積し,自発的に神経細胞に分化したことが確認されている[3]

[1] Kuroda Y, Kitada M, Wakao S, et al. Unique multipotent cells in adult human mesenchymal cell populations. Proc Natl Acad Sci U S A 2010; 107: 8639-43(PMID: 20421459)
[2] Wakao S, Kitada M, Kuroda Y, et al. Multilineage-differentiating stress-enduring (Muse) cells are a primary source of induced pluripotent stem cells in human fibroblasts. Proc Natl Acad Sci U S A 2011; 108: 9875-80(PMID: 21628574)
[3] Wakao S, Kuroda Y, Ogura F, et al. Regenerative Effects of Mesenchymal Stem Cells: Contribution of Muse Cells, a Novel Pluripotent Stem Cell Type that Resides in Mesenchymal Cells. Cells 2012; 1: 1045-60
# by DrMagicianEARL | 2023-11-15 11:28 | 文献
■ChatGPTをはじめとする大規模言語モデルの性能は目まぐるしく向上しており,世界各国の医師国家試験に合格するレベルに達している.一方で,専門医試験合格レベルにはまだ達していないのが現状である.日本において感染症専門医の数は非常に限られており,そのような中で感染症管理についてChatGPTが相談に応じられるようになれば感染症診療は抗菌薬適正使用も含めて飛躍的に向上すると思われるが,そう簡単にはいかないようである.

■今回紹介するClinical Infectious Diseaseにpublishされた研究は,血流感染症の管理をChatGPT-4に相談した場合の精度について検討しており,経験的抗菌薬の適切性は64%,限定的抗菌薬に至っては36%しかなかった.全体として,管理計画が最適であったのは44例中たったの1例のみであり,39%では満足できるものであったが,16%では有害であった.これらの結果から,現時点で血流感染症の管理についてChatGPT-4に相談するのは危険であると結論づけている.
チャットボット人工知能は,血流感染症管理において感染症専門医の代替となるか?
Maillard A, Micheli G, Lefevre L, et al. Can Chatbot artificial intelligence replace infectious disease physicians in the management of bloodstream infections? A prospective cohort study. Clin Infect Dis 2023 Oct 12[Online ahead of print]
PMID: 37823416
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37823416/

Abstract

【背景】チャットボット人工知能(AI)の開発により,医療における使用について大きな疑問が投げかけられている.我々は,血液培養陽性患者に対する実際の診療においてChatGPT-4が提案する管理の質と安全性を評価した.

【方法】三次医療機関における4週間の連続した感染症(ID)診察のうち,初回血液培養陽性患者のデータを前向きにChatGPT-4に提供した.ChatGPT-4は,包括的な管理計画(疑い/確定診断,ワークアップ,抗菌薬療法,感染源対策,フォローアップ)を提案するよう求められた.ChatGPT-4が提案した管理プランと,IDコンサルタントが文献やガイドラインに基づいて提案したプランを比較した.比較は患者管理に関与していない2名のID医師が行った.

【結果】初回血液培養陽性の44症例を対象とした.ChatGPT-4はすべての症例で詳細かつ明瞭な回答を提供した.AIの診断は26例(59%)でコンサルタントと同じであった.提案された診断検査は35例(80%)で満足のいくものであり(すなわち,重要な診断検査の欠落はなかった),経験的抗菌薬療法は28例(64%)で適切であり,1例(2%)で有害であった.感染源対策が不十分であった症例は4例(9%)であった.限定的抗菌薬療法は16例(36%)で最適であり,2例(5%)で有害であった.全体として,管理計画が最適であったのは1例のみであり,17例(39%)では満足できるものであり,7例(16%)では有害であった.

【結論】2023年に専門医の助言を求める場合,特に重症感染症については,コンサルタントの意見を聞かないChatGPT-4の使用は依然として危険である.

# by DrMagicianEARL | 2023-11-07 11:10 | 医学・医療とAI
■今回紹介するのは,外来での急性気道感染症に対する抗菌薬の即時投与,遅延投与,無投与を比較した,2023年10月にpublishとなったコクランレビューである.本レビューは2017年にpublishされたコクランのシステマティックレビュー[PMID: 28881007]のアップデートである.1研究のみが追加となり,ほとんどのアウトカムで差はみられていない.咽頭痛や急性中耳炎では即時投与の方がやや優れている可能性があるが,これは溶連菌による急性扁桃炎などの影響であろう.レビューの結論をまとめると,「遅延処方が,安全かつ患者満足度も高く,抗菌薬使用量も減らせて一番無難かもしれない」とのことである.

■なお,このPICOにおけるコクランレビューに含まれたRCTは異質性が高く,患者のサブグループ解析や合併症を調べるのに十分な検出力が得られにくいことが以前から指摘されており,2021年に患者個人レベルのデータ統合を行ったメタ解析がBMJに報告されたが[PMID: 33910882],結果は同様で,抗菌薬遅延戦略は高リスクのサブグループを含むほとんどの患者にとって安全で効果的な戦略であり,抗菌薬をすぐに処方した場合よりも症状のコントロールが悪化する可能性は低いと考えらるとしている.
気道感染症における抗菌薬の即時投与 vs 遅延投与 vs 無投与
Spurling GK, Dooley L, Clark J, et al. Immediate versus delayed versus no antibiotics for respiratory infections. Cochrane Database Syst Rev 2023; 10: CD004417
PMID: 37791590
https://doi.org/10.1002/14651858.cd004417.pub6

Abstract

【背景】気道感染症(RTI)に対する抗菌薬の処方には,副作用,コスト,薬剤耐性などの懸念がある.抗菌薬の処方を減らすための戦略の1つとして,処方箋は出すが,まず症状が治まることを期待して抗菌薬の使用を遅らせるよう助言することが提案されている.これは2007年に発表され,2010年,2013年,2017年に更新されたコクラン・レビューの更新である.

【目的】気道感染症において抗菌薬の処方遅延を推奨することが,臨床転帰(疼痛,倦怠感,発熱,咳嗽,鼻出血)の期間および/または重症度,抗菌薬の使用,薬剤耐性,および患者の満足度に及ぼす影響を評価する.

【検索方法】2017年5月から2022年8月20日まで,Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL),MEDLINE,Embase,CINAHL,Web of Scienceを毎月検索し,リアルタイムのシステマティックレビューとした。また,WHO International Clinical Trials Registry Platform(ICTRP)とClinicalTrials.govも2022年8月20日に検索した.レビューの主要な所見を支持するエビデンスが豊富になったため,2022年8月21日をもってリアルタイムシステマティックレビューではなくなった.

【選択基準】すべての年齢層のRTI患者を対象とした無作為化比較試験で,抗菌薬処方遅延戦略が即時または無投与と比較された研究.抗菌薬処方遅延戦略とは,抗菌薬の処方を48時間以上遅らせるよう助言されたものと定義した.抗菌薬の推奨の有無にかかわらず,すべてのRTIを対象とした.

【データ収集と解析】標準的なコクラン方法論的手順を用いた.

【結果】今回の2022年の更新では,合併症のない急性RTIの小児448人(436人が解析対象)を登録した新たな試験を1件追加した.全体として,このレビューには12件の試験が含まれ,合計3968人が参加し,そのうち3750人のデータが解析可能であった.これら12件の研究は,急性中耳炎(3件),溶連菌性咽頭炎(3件),咳(2件),咽頭炎(1件),感冒(1件),様々なRTI(2件)を含む急性RTIを対象としている.6件の研究は小児のみ,2件の研究は成人,4件の研究は成人と小児の両方を対象としていた.6件の研究はプライマリケアで,4件の研究は小児科クリニックで,2件の研究は救急部で実施された.研究は十分に報告されており,中等度の信頼性のエビデンスを提供していると思われた.無作為化については,2件の試験で十分に説明されていなかった.アウトカム評価者を盲検化した試験は4件,参加者と医師の盲検化を行った試験は3件であった.疼痛,倦怠感,発熱,副作用,抗菌薬の使用,患者満足度についてメタ解析を行った.
咳嗽(4件の研究):4件の研究のいずれにおいても,臨床転帰について抗菌薬の遅延処方,即時処方,無処方による差は認められなかった.
咽頭痛(6件の研究):咽頭痛を伴う発熱のアウトカムについては,6件の研究のうち4件が抗菌薬の即時投与を支持し,2件は差がないとした.咽頭痛に関連する疼痛のアウトカムについては,2件の研究では抗菌薬の即時投与が好まれ,4件の研究では差は認められなかった.咽頭痛に対する抗菌薬の投与について,2件の研究では遅延処方の抗菌薬と無処方を比較し,臨床アウトカムに差はみられなかった.
急性中耳炎(4試験):2研究で抗菌薬の即時投与と遅延投与が比較され,1研究では発熱について差は認められず,もう1研究では3日目の疼痛と倦怠感の重症度について即時投与が支持された.2件の研究では抗菌薬の遅延投与と無投与を比較した.1件では3日目の疼痛と発熱の程度に差はみられず,もう1件では3日目に発熱した小児の数に差はみられなかった.
感冒(2試験):いずれの試験でも,抗菌薬の遅延投与群と即時投与群の臨床アウトカムに差はみられなかった.1件の研究では,疼痛,発熱,咳の持続時間については,抗菌薬を投与しない群よりも遅発性抗生物質を投与する群の方がおそらく有利であった(中等度の確実性のエビデンス).

【有害事象】有害作用については差がなかったか,または合併症発生率に有意差はなく,即時抗菌薬投与よりも遅延投与の方が有利な結果であった可能性がある(低い確実性のエビデンス).
抗菌薬の使用:抗菌薬遅延投与は,即時投与と比較して,おそらく抗菌薬の使用を減少させた(OR 0.03, 95%CI 0.01~0.07;8件の研究,2257例の患者;中等度の確実性のエビデンス).しかしながら,抗菌薬の使用が報告される可能性は,抗菌薬の使用が報告されない場合よりも高いであろう(OR 2.52, 95%CI 1.69~3.75;5研究,1529例;中等度の確実性のエビデンス).
患者満足度:患者満足度は,おそらく抗菌薬無投与よりも遅延投与の方が高かった(OR 1.45, 1.08~1.96; 5研究,1523例; 中等度の確実性のエビデンス).抗菌薬の遅延投与と即時投与では,患者満足度におそらく差はなかった(OR 0.77, 95%CI 0.45~1.29; 7件の研究,1927例の参加者; 中等度の確実性のエビデンス).
薬剤耐性:評価した研究はなかった.
再診率および代替薬の使用率:遅延投与,即投与,無投与の戦略で同様であった.代替薬の使用を報告した4件の研究のうち1件では,遅延投与群と比較して即時投与群ではパラセタモール使用量が少なかった.

【結論】多くの臨床アウトカムにおいて処方戦略間に差はなかった.急性中耳炎と咽頭痛の症状は,抗菌薬遅延投与と比較して,即時投与の方がやや改善した.合併症の発生率に差はなかった.抗菌薬の処方を遅らせても,直ちに抗菌薬を投与した場合と比較して,患者の満足度に有意差は認められなかった(86% vs 91%; 中等度の確実性のエビデンス).しかし,抗菌薬を投与しない場合(87% vs 82%)と比較すると,遅らせる方が好まれた.抗菌薬の遅延投与は,即時投与と比較して,抗菌薬の使用率を低下させた(30% vs 93%).抗菌薬無投与の戦略は,抗菌薬の処方を遅らせる戦略と比較して,抗菌薬の使用をさらに減少させた(13% vs 27%).急性呼吸器感染症患者に対する抗菌薬の遅延投与は,抗菌薬の即時投与と比較して使用を減少させたが,症状コントロールや疾患合併症の点では,無投与と異なることは示されなかった.臨床医が急性呼吸器感染症患者に抗菌薬をすぐに処方しない方が安全であると考える場合,抗菌薬を投与せず,症状が改善しない場合は再投与するようアドバイスすることが,遅延抗菌薬投与と同様の患者満足度と臨床アウトカムを維持しながら,抗菌薬の使用量を最も少なくする可能性が高い.臨床医が抗菌薬を処方しないことに自信がない場合,直ちに抗菌薬を処方する代わりに遅れて抗菌薬を処方することは不必要な抗菌薬の使用を大幅に減らすための妥協案として受け入れられるかもしれない.RTIに対する抗菌薬投与戦略のさらなる研究は,疾患合併症のリスクが高い患者グループの特定,満足度を維持するための医師と患者のコミュニケーションの強化,RTIに抗菌薬を処方しないという医師の自信を高める方法,RTIに対する不必要な抗菌薬処方を減らすための政策措置に焦点を当てるのが最善であろう.

# by DrMagicianEARL | 2023-11-06 11:39 | 抗菌薬
■第3世代セファロスポリン系抗菌薬のセフトリアキソン(CTRX)とプロトンポンプ阻害薬(PPI)のランソプラゾール(LPZ)はどちらも臨床現場では非常にポピュラーに用いられている薬剤である.この2剤を併用することでQT延長が発生することが知られている.Lorberbaumら[PMID:27737742]は患者38万例の心電図160万件を解析したところ,CTRXとLPZの併用が補正QT(QTc)間隔の延長と有意に関連していた.この併用患者では,どちらか一方の薬剤を単独投与された患者と比較してもQTc間隔が延長していたこと,他のPPIとの組み合わせでは観察されなかったことから,PPIのクラスエフェクトではなく,LPZ独自の薬物相互作用と考えられた.

■そこでLorberbaumら[PMID:27737742]は,安定したhERGチャネル発現細胞を用いてパッチクランプ法による電気生理学実験を行った.hERGチャネルは心臓の興奮性電位再分極相で活性化し,IKr電流を流すチャネルで,この電流は心室筋細胞の活動電位期間を決定する重要な因子である.薬剤によるQT間隔延長の主な機序はこのhERGチャネルの機能阻害によると考えられている.CTRXとLPZを単独および併用でhERGチャネル電流に及ぼす影響を調べたところ,CTRX単独ではhERG電流の有意な阻害は見られなかったが,LPZ存在下ではCTRXによるhERG電流の濃度依存的な阻害が確認された.一方,別の第3世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフロキシムとLPZの併用ではこのような効果は見られなかった.以上から,CTRXとLPZの併用によりhERGカリウムチャネルが阻害され,QT延長を引き起こすことが実証された.

■このCTRXとLPZの併用によるQT延長が,臨床アウトカムに影響を与えるのかについてはこれまで知られていなかった.今回紹介する研究は,CTRXとLPZの併用によって心室性不整脈,心停止,死亡が増加するかを検討したものである.内科に入院し,CTRXとPPIが併用された患者31,152例(平均年齢71.7(標準偏差16.0)歳)を解析対象とし,うち3747例(12.0%)がLPZを使用していた.LPZ群と他のPPI群のベースラインの比較では,LPZ群では,高齢,長期療養施設居住,2020年中の入院(コロナパンデミック下の入院),修正Laboratory-Based Acute Physiology Scoreの高値,ICUへの入院,誤嚥またはCOVID-19による入院,心室性不整脈に関連する薬剤の投与が多かった.

■心室性不整脈または心停止を起こした患者は445人で,このうち336人(75.5%)が院内で死亡した.「LPZ群 vs その他PPI群」のアウトカムの比較は以下の通りである.
(1)心室性不整脈または心停止:3.4% vs 1.2%(p<0.001),未調整リスク差は2.2%(95%CI 1.7%-2.8%)
(2)全死因院内死亡:19.9% vs 10.1%に発生し(P<0.001),未調整リスク差は9.8%(95%CI 8.5%-11.2%)
(3)入院期間中央値:12.6日(IQR 6.1-28.4) vs 7.0日(IQR 3.8-13.7)

■前述の通り,LPZ群の方が不利な患者背景であったことから,これだけではLPZ群の方が有害事象が多いとは判断できない.そこで,傾向スコアによるIPTW法を用いた解析を行ったところ,LPZ群は心室性不整脈または心停止のリスクが2.2倍,全死因院内死亡リスクが1.6倍有意に高かった.サブグループ解析および感度分析でも,LPZ群でリスクが高いという同様の結果が得られた.以上から,このCTRXとLPZの併用療法が致命的な有害事象を増加させており,他のPPIではみられなかったことから,CTRXとLPZの併用は避けるべきである可能性があると結論づけている.幸い,他のPPIではこのような致命的有害事象増加はみられていないことから,容易に代替薬が使用できることから,CTRXを使用する際は他のPPIに変更するなど対応をした方がいいだろう.
ランソプラゾールを投与されている患者におけるセフトリアキソンと心室性不整脈,心停止,死亡のリスク
Bai AD, Wilkinson A, Almufleh A, et al. Ceftriaxone and the Risk of Ventricular Arrhythmia, Cardiac Arrest, and Death Among Patients Receiving Lansoprazole. JAMA Netw Open 2023; 6: e2339893
PMID: 37883084
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2023.39893

Abstract

【背景】セフトリアキソンとランソプラゾールの併用により,心電図上の補正QT間隔が延長することが示されている.しかし,このことが臨床的に重要な患者の転帰につながるかどうかは不明である.

【目的】セフトリアキソン治療中のランソプラゾールと他のプロトンポンプ阻害薬(PPI)を,心室性不整脈,心停止,院内死亡のリスクという観点から比較する.

【デザイン,設定,参加者】2015年1月1日から2021年12月31日まで,カナダ・オンタリオ州の13病院でランソプラゾールまたは他のPPIとともにセフトリアキソンを投与された成人内科入院患者を含む後ろ向きコホート研究を実施した.

【曝露】セフトリアキソン治療中のランソプラゾール vs. セフトリアキソン治療中の他のPPI

【主要評価項目と評価基準】 主要評価項目は入院後に発生した心室性不整脈または心停止の複合.副次評価項目は全死因院内死亡率とした.傾向スコア重み付けを用いて,病院の部署,人口統計学的特徴,併存疾患,心室性不整脈の危険因子,疾患の重症度,入院時の診断,併用薬などの共変量を調整した.

【結果】内科病棟に入院し,PPIを投与されながらセフトリアキソンを投与された31,152例のうち,16,135例(51.8%)が男性で,平均(SD)年齢は71.7(16.0)歳であった.ランソプラゾール群3747例,その他のPPI群27405例を対象とした.心室性不整脈または心停止はランソプラゾール群で126例(3.4%),その他のPPI群で319例(1.2%)にみられた.院内死亡はランソプラゾール群で746例(19.9%),その他のPPI群で2762例(10.1%)にみられた.傾向スコアを用いて重み付けを行った結果,ランソプラゾール群-その他のPPI群の調整後リスク差は,心室性不整脈または心停止で1.7%(95%CI、1.1%-2.3%),院内死亡で7.4%(95%CI、6.1%-8.8%)であった.

【結論と関連性】このコホート研究の知見から,ランソプラゾールとセフトリアキソンの併用療法は避けるべきであることが示唆される.これらの知見が他の集団や環境でも再現できるかどうかを判断するためにはさらなる研究が必要である.

# by DrMagicianEARL | 2023-11-02 11:07 | 抗菌薬
■新型コロナ後遺症,あるいはCOVID-19罹患後遷延症状(long-COVID,PASC:post-acute sequelae of COVID-19,PCC:post-COVID condition)とセロトニンの関係について貴重な研究がCell誌にpublishされたので紹介するとともに,Abstractの下に詳しい内容の解説をつけた.
ウイルス感染後の後遺症におけるセロトニン減少
Wong AC, Devason AS, Umana IC, et al. Serotonin reduction in post-acute sequelae of viral infection. Cell 2023; 186: 4851-67.e20
PMID: 37848036
https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.09.013

Abstract

COVID-19の後遺症(PASC,long-COVID)は,世界的な健康上の大きな課題となっている.病態生理学は不明であり,現在までに有効な治療法は見つかっていない.PASCの病因を説明するために,ウイルスの持続性,慢性炎症,凝固亢進,自律神経機能障害などいくつかの仮説が立てられている.ここでは,4つの仮説すべてを1つの経路で結びつけ,治療的介入のための実用的な洞察を提供するメカニズムを提案する.我々は,PASCがセロトニンの減少と関連していることを発見した.すなわち,セロトニン前駆体であるトリプトファンの腸管吸収の低下,セロトニン貯蔵に影響を与える血小板の活性化亢進と血小板減少,MAOを介したセロトニンの代謝亢進である.末梢のセロトニンが減少すると,迷走神経の活動が阻害され,海馬の反応と記憶が損なわれる.これらの知見は,PASCにおけるウイルス持続に伴う神経認知症状の説明となり,他のウイルス感染後症候群にも及ぶ可能性がある.
【研究】新型コロナ後遺症(long-COVID)とセロトニンの関係が明らかに_e0255123_09221536.jpg
■本研究の内容を以下に解説する.

1.long-COVID患者における血中セロトニン濃度低下と腸管内ウイルス残存

■long-COVID患者58例から血液検体を採取し,対照群としてCOVID-19回復者30人とCOVID-19急性期患者60人の検体も調べた.ターゲットメタボロミクス分析の結果,long-COVID患者の血中セロトニン濃度が有意に低下していることが明らかになった.急性期のCOVID-19患者でもセロトニン値の低下がみられ,回復後に正常化した者とlong-COVIDに移行した者で差があることが分かった.別のコホート研究でも,long-COVID患者のセロトニン低下が確認された.したがって,セロトニン低下はlong-COVIDの特徴的な生体マーカーになり得ることが示唆された.

■また,急性期COVID-19の患者の腸管組織からはSARS-CoV-2のウイルスRNAが検出されるが,急性期を脱した後の自然死体解剖例でもSARS-CoV-2 RNAが腸管で持続陽性となる例がある.また,long-COVID患者の便サンプルから一部でSARS-CoV-2 RNAが検出され,一方,回復したCOVID-19患者の便からはウイルスは検出されなかった.

2.セロトニン低下の機序

■マウスモデルの実験により,以下のウイルス感染に伴う以下の3つの機序でセロトニンが低下することが判明した.
(1)インターフェロンの上昇によるトリプトファン吸収の低下
ウイルス感染で産生されるインターフェロンが腸管でのトリプトファン輸送体の発現を低下させた結果,セロトニンの前駆体であるトリプトファンの吸収が阻害される.
(2)血小板数の低下によるセロトニン貯蔵量の減少
ウイルス感染は血小板の異常活性化と血小板減少症を引き起こすことで,血小板に貯蔵されるセロトニンが減少する.
(3)MAO発現上昇によるセロトニン分解亢進
ウイルス感染でMAOの発現が上昇する.MAOはセロトニンを分解する酵素であるため,代謝クリアランスが亢進する.

3.記憶障害の機序

■マウスにpoly(I:C)(ウイルスを模倣する二本鎖RNA)を投与すると記憶障害が観察された.このマウスでは,海馬のニューロンの活動性が低下しており,一方で脳内セロトニン濃度は変化していなかった.迷走神経の求心性神経終末の活動が抑制されており,セロトニン前駆物質の投与や迷走神経の刺激で海馬の反応性と記憶障害が改善した.以上より,末梢血中のセロトニン減少が,迷走神経を介して海馬機能不全と記憶障害を引き起こすことが示された.これはlong-COVIDの認知症状のメカニズムを理解する上で重要な知見であり,セロトニン-迷走神経-海馬回路の破綻がlong-COVIDの神経症状の一因となっている可能性が示唆された.

■このマウスにセロトニン前駆体である5-HTPを投与するとpoly(I:C)誘発性の認知障害が改善した.セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のフルオキセチンを投与しても,認知機能障害は改善した.また,トリプトファンとグリシンのジペプチドを飲水に混ぜて投与することで,poly(I:C)によるトリプトファン吸収阻害が補正され,認知機能障害が抑制された(通常,トリプトファンは腸管上皮細胞のアミノ酸トランスポーター(B0AT1など)を介して吸収されるが,ウイルス性炎症ではこれらのトランスポーターの発現が低下する.一方で,ジペプチドの吸収には別のトランスポーター(PepT1など)が関与する.炎症でもこのジペプチドトランスポーターの発現は保持される.従って,トリプトファンとグリシンのジペプチドを投与することで,B0AT1を介した吸収経路を迂回してトリプトファンを吸収できる).以上の結果から,セロトニン前駆体の補充やSSRIなどによって,ウイルス性炎症による認知障害を改善できることが実証された.

4.腸内細菌叢とセロトニン

■セロトニンの合成にはトリプトファン脱炭酸酵素(TPH1)が関与しており,その発現は酪酸などの短鎖脂肪酸によって上昇することが知られている.long-COVID患者では腸内細菌叢由来の短鎖脂肪酸が低下していたことから,短鎖脂肪酸の低下がTPH1の発現低下を介してセロトニン合成能を低下させている可能性があり,腸内細菌叢の変化がlong-COVIDの病態に関与していることが示唆された.以上より,腸内細菌叢-短鎖脂肪酸-TPH1経路の破綻が,long-COVIDにおけるセロトニン減少の一因となっている可能性が示唆された.

5.今後期待されること

■これらの機序から,long-COVID患者へのSSRIやアミノ酸補充,probioticsなどが効果として期待されるかもしれない.また,COVID-19罹患時の不必要な抗菌薬投与は腸内細菌叢に悪影響を及ぼし,long-COVIDのトリガーとなっている可能性もある.今後の研究に期待したい.
# by DrMagicianEARL | 2023-11-01 09:22 | 感染症

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