ウイルス感染後の後遺症におけるセロトニン減少
Wong AC, Devason AS, Umana IC, et al. Serotonin reduction in post-acute sequelae of viral infection. Cell 2023; 186: 4851-67.e20
PMID: 37848036
https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.09.013
Abstract
COVID-19の後遺症(PASC,long-COVID)は,世界的な健康上の大きな課題となっている.病態生理学は不明であり,現在までに有効な治療法は見つかっていない.PASCの病因を説明するために,ウイルスの持続性,慢性炎症,凝固亢進,自律神経機能障害などいくつかの仮説が立てられている.ここでは,4つの仮説すべてを1つの経路で結びつけ,治療的介入のための実用的な洞察を提供するメカニズムを提案する.我々は,PASCがセロトニンの減少と関連していることを発見した.すなわち,セロトニン前駆体であるトリプトファンの腸管吸収の低下,セロトニン貯蔵に影響を与える血小板の活性化亢進と血小板減少,MAOを介したセロトニンの代謝亢進である.末梢のセロトニンが減少すると,迷走神経の活動が阻害され,海馬の反応と記憶が損なわれる.これらの知見は,PASCにおけるウイルス持続に伴う神経認知症状の説明となり,他のウイルス感染後症候群にも及ぶ可能性がある.
1.long-COVID患者における血中セロトニン濃度低下と腸管内ウイルス残存
■long-COVID患者58例から血液検体を採取し,対照群としてCOVID-19回復者30人とCOVID-19急性期患者60人の検体も調べた.ターゲットメタボロミクス分析の結果,long-COVID患者の血中セロトニン濃度が有意に低下していることが明らかになった.急性期のCOVID-19患者でもセロトニン値の低下がみられ,回復後に正常化した者とlong-COVIDに移行した者で差があることが分かった.別のコホート研究でも,long-COVID患者のセロトニン低下が確認された.したがって,セロトニン低下はlong-COVIDの特徴的な生体マーカーになり得ることが示唆された.
■また,急性期COVID-19の患者の腸管組織からはSARS-CoV-2のウイルスRNAが検出されるが,急性期を脱した後の自然死体解剖例でもSARS-CoV-2 RNAが腸管で持続陽性となる例がある.また,long-COVID患者の便サンプルから一部でSARS-CoV-2 RNAが検出され,一方,回復したCOVID-19患者の便からはウイルスは検出されなかった.
2.セロトニン低下の機序
■マウスモデルの実験により,以下のウイルス感染に伴う以下の3つの機序でセロトニンが低下することが判明した.
(1)インターフェロンの上昇によるトリプトファン吸収の低下
ウイルス感染で産生されるインターフェロンが腸管でのトリプトファン輸送体の発現を低下させた結果,セロトニンの前駆体であるトリプトファンの吸収が阻害される.
(2)血小板数の低下によるセロトニン貯蔵量の減少
ウイルス感染は血小板の異常活性化と血小板減少症を引き起こすことで,血小板に貯蔵されるセロトニンが減少する.
(3)MAO発現上昇によるセロトニン分解亢進
ウイルス感染でMAOの発現が上昇する.MAOはセロトニンを分解する酵素であるため,代謝クリアランスが亢進する.
3.記憶障害の機序
■マウスにpoly(I:C)(ウイルスを模倣する二本鎖RNA)を投与すると記憶障害が観察された.このマウスでは,海馬のニューロンの活動性が低下しており,一方で脳内セロトニン濃度は変化していなかった.迷走神経の求心性神経終末の活動が抑制されており,セロトニン前駆物質の投与や迷走神経の刺激で海馬の反応性と記憶障害が改善した.以上より,末梢血中のセロトニン減少が,迷走神経を介して海馬機能不全と記憶障害を引き起こすことが示された.これはlong-COVIDの認知症状のメカニズムを理解する上で重要な知見であり,セロトニン-迷走神経-海馬回路の破綻がlong-COVIDの神経症状の一因となっている可能性が示唆された.
■このマウスにセロトニン前駆体である5-HTPを投与するとpoly(I:C)誘発性の認知障害が改善した.セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のフルオキセチンを投与しても,認知機能障害は改善した.また,トリプトファンとグリシンのジペプチドを飲水に混ぜて投与することで,poly(I:C)によるトリプトファン吸収阻害が補正され,認知機能障害が抑制された(通常,トリプトファンは腸管上皮細胞のアミノ酸トランスポーター(B0AT1など)を介して吸収されるが,ウイルス性炎症ではこれらのトランスポーターの発現が低下する.一方で,ジペプチドの吸収には別のトランスポーター(PepT1など)が関与する.炎症でもこのジペプチドトランスポーターの発現は保持される.従って,トリプトファンとグリシンのジペプチドを投与することで,B0AT1を介した吸収経路を迂回してトリプトファンを吸収できる).以上の結果から,セロトニン前駆体の補充やSSRIなどによって,ウイルス性炎症による認知障害を改善できることが実証された.
4.腸内細菌叢とセロトニン
■セロトニンの合成にはトリプトファン脱炭酸酵素(TPH1)が関与しており,その発現は酪酸などの短鎖脂肪酸によって上昇することが知られている.long-COVID患者では腸内細菌叢由来の短鎖脂肪酸が低下していたことから,短鎖脂肪酸の低下がTPH1の発現低下を介してセロトニン合成能を低下させている可能性があり,腸内細菌叢の変化がlong-COVIDの病態に関与していることが示唆された.以上より,腸内細菌叢-短鎖脂肪酸-TPH1経路の破綻が,long-COVIDにおけるセロトニン減少の一因となっている可能性が示唆された.
5.今後期待されること
■これらの機序から,long-COVID患者へのSSRIやアミノ酸補充,probioticsなどが効果として期待されるかもしれない.また,COVID-19罹患時の不必要な抗菌薬投与は腸内細菌叢に悪影響を及ぼし,long-COVIDのトリガーとなっている可能性もある.今後の研究に期待したい.