■HMGB1(high mobility group box protein1)は全ての有核細胞の核内に存在する非ヒストン核蛋白質であり,核内においてDNAと結合し,DNAを折り曲げ,NF-κB,ステロイドホルモン受容体など様々な転写因子の活性を間接的に調節している.HMGB1を欠損したマウスはグルココルチコイド受容体機能不全などにより生後まもなく低血糖で死亡する
[1].このように,
HMGB1は細胞の核内において,必要不可欠な役割を担う.また,HMGB1は細胞によっては細胞質や細胞膜上にも発現しており,細胞膜上のHMGB1はamphoterinとしても知られており
[2],神経突起の伸長や平滑筋細胞の遊走,癌細胞の浸潤,転移などにかかわっている.HMGB1のアミノ酸配列は進化の過程においてかなり保存されており,進化の過程においてかなり保存されており,哺乳類においては約98%の相同性があるとされる.
■マウスにLPSを投与してsepsisモデルを作製すると数日で死に至るが,これはすでに血中IL-1βやTNFαがピークを過ぎた時期であることや,TNFα欠損マウスにおいてもLPS投与後数日して死亡することから,これら炎症性サイトカイン以外のメディエータの存在が考えられた.そこでWangらはsepsisの後期に働いている致死的メディエータを探索し,HMGB1を同定した
[3].
■このHMGB1がエンドトキシン血症時の後期メディエータであり,エンドトキシンショックで死亡した患者にはこの物質が血中で増加することから,致死的メディエータであることが報告されており
[3],これが
死のメディエータと呼ばれる所以である.敗血症性ショックにおいて抗HMGB1抗体が出現した患者の生存率が高いことも報告されている
[4].HMGB1は,単球/マクロファージのみならず,ほとんど全ての細胞で発現している.発現の誘導刺激としても,LPSだけではなく,IL-1βやTNFαなどもHMGB1の発現を増加させる.
■HMGB1放出の機序は受動的放出と能動的放出の2つがある.受動的放出とは,細胞がapoptosisに陥った場合にDNAと緩く結合しているHMGB1が細胞外へと放出される機序である.一方,能動的分泌とは,LPSなどで刺激を受けたマクロファージや樹状細胞などが分泌する機序であり,このLPSによるHMGB1の放出には,HMGB1のリジン残基のアセチル化が重要とされる(どのようにしてアセチル化が誘導されるかは未解明).アセチル化されたHMGB1は核移行が阻害されることで核への再移入ができなくなり,分泌小胞へ入って細胞外へと分泌される.一方,TNFα刺激によるマクロファージからのHMGB1分泌はリン酸化が関与していることが報告されている.
■最近では,HMGB1のようにメッセージ性を持って細胞から放出される物質を生体における警報の役割をもつものとしてalarminsという総称が提唱され,国際的に用いられてきている
[5].生体防御機構を超えた侵襲を受けた細胞が壊死に陥った際にHMGB1は受動的に放出されるが,このHMGB1は壊死した細胞の遺言として他の細胞にメッセージを送るとされていた.しかしながら,実際には壊死ではなくapotosisに陥った細胞から放出されるという理論に変わり,さらに近年ではHMGB1はapoptosisの段階ではなく,autophagyの段階で濃度が高まる傾向があるとされている.
■このようなapoptosis細胞から受動的に放出される細胞内成分alarminsに対する受容体も発現していて,alarminsを認識することによって炎症・免疫反応を惹起する
[6,7].しかしながら,一部の免疫細胞は,外来微生物・異物侵入に応答して,自らが死ぬことなくHMGB1などのalarminsを能動的に分泌することができ,炎症・免疫反応の増幅に一役かっている.
■細胞外に放出されたHMGB1は炎症反応を立ち上げる
[8,9].HMGB1は血管内皮細胞に働きかけてVCAM1(vascular cell adhesion molecule 1),ICAM1(intercellular adhesion molecule 1),E-selectinなどの接着因子の発現を誘導するとともに,好中球や単球の遊走を促し,これら炎症・免疫担当細胞の傷害局所への集積を誘導している.また,HMGB1は免疫細胞に働きかけ,炎症性cytokineの産生を促し,炎症反応の増幅を誘導している.これらの細胞がHMGB1 signalを受け取る際の受容体としては,糖化蛋白受容体(advanced glycation endproducts recptor;AGER or RAGE)が知られているが,その他にも受容体は存在すると考えられていて,TLR2やTLR4などがその候補として挙げられている.
■このように傷害局所におけるHMGB1は生体防御因子として働いていると考えられるが,その一方で,敗血症のような状況において,過剰に産生された制御不能なHMGB1は致死性因子として働く.
■盲腸結紮・穿孔(CLP)モデルに対するHMGB1阻害はCLP術後24時間からの投与でも十分に治療効果が得られた
[10].この報告では,重症敗血症ではHMGB1は重要であるが,敗血症性ショックではHMGB1の関与は少なく,TNFαがその主役を演じているとしている.また,HMGB1投与は,血圧・心拍数ともに正常ではショックを生じないが,上皮バリア障害により症状の増悪と突然の心停止を引き起こす
[9].このことから,sepsisの病態に応じて関与するメディエーターが異なると考えられ,
治療標的としてもHMGB1とTNFαを区別して考えていく必要がある.
■DICおよびMODSの病態形成にHMGB1は深く関係している.DICの患者は非DIC患者と比べて血漿HMGB1濃度が有意に高く,DIC scoreとHMGB1濃度には相関が認められる
[11].また,MODSを合併している患者は非合併患者と比べてHMGB1濃度が有意に高く,SOFA scoreとも相関関係が認められる.さらに,ラットでのTb(thrombin)誘発DICモデルにおいて,HMGB1はDICの進展を加速させ,不可逆的で致死的なMODSを惹起することも明らかとなった
[12,13].HMGB1は単球表面のTF(組織因子)発現を増強し,Tb-TM(Thrombomoduline)複合体によるprotein C活性化を阻害する作用がある.以前よりDIC発症にはTb以外のコアファクターの関与が推定されていたが,そのコアファクターの一つはHMGB1である可能性が示唆されている.
■現在,HMGB1のもう1つの大切な作用として,
組織再生利用が注目されている.以前より適度の炎症反応が組織再生,修復に重要であることは知られていた.HMGB1は炎症部位へのmesoangioblastと呼ばれる幹細胞や血管内皮細胞の遊走作用を促進し,組織再生や血管新生に寄与することが示されている
[14,15].また,HMGB1はインテグリンを介した血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell:EPC)が病変部位へと遊走・集簇する,いわゆるホーミング促進作用も示す
[16].
■以上より,sepsis治療標的としてのHMGB1は,後期メディエータであることから治療の時間的余裕を生み,治療標的として都合がよい.しかしながら,関与するHMGB1あるいは阻害するHMGB1の量によってその作用がまったく相反する可能性があることも示されている.したがって,臨床応用にあたっては,病態での
HMGB1阻害による至適治療域の詳細な研究が必須である.
※近年DIC治療薬であるrTM(リコモジュリン®)がHMGB1吸着作用を有することが報告されているが,これが必ずしも臨床効果を生むわけではなく,rTMの抗炎症作用はHMGB1吸着の観点においては乏しいと小生は考えている.ただし,rTMの抗炎症作用はこれ以外の機序もある.
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【余 談】
薬剤で炎症性メディエータを制御することは非常に難しい印象がある.実際,サイトカインをターゲットとした薬剤がこれまで数多く開発されてきたが,そのほとんどが第2相,第3相で臨床的有用性を示すことができていない.「敗血症においてはサイトカイン=悪」という単純な考えで抗サイトカイン療法は行えない.創薬においても臨床的に薬剤を使用する場合においても,あらゆるメディエータには意味があり,体に有害な場合もあれば有益な場合もあることを肝に銘じるべきである.
上記のHMGB1でも「致死的メディエータ」というイメージをもつ人が多いが,実際には状況次第で必要なメディエータでもあることが分かる.ARDSで言われる好中球エラスターゼも然り,敗血症で動くサイトカインを「下げる」ではなく「至適濃度にする」という考えに転換する必要があるが,各メーカーのMRの薬剤説明会などを聞くと,まだまだそういった流れには至っていない.「できるだけ早期に投与」もよく言われるが,確かに急性期でなければ効果はないとはいえ,盲目的に早期使用を行うことも問題があると思われる.サイトカインを制御し,至適濃度にするという意味においては現時点ではCHDFが最も有用であると推察される.